
犬や猫のお腹の中には、たくさんの微生物が暮らしています。
以前は、腸内細菌について調べようとしても「培養できる菌」を中心に見るしかありませんでした。
しかし現在は、便などに含まれるDNAを解析する技術が発達し、
「どんな微生物がいるのか」
「どんな遺伝子を持っているのか」
「どんな働きに関わっている可能性があるのか」
まで研究できるようになってきました。
実際、犬猫2,639検体の便由来メタゲノムを統合した大規模研究も報告され、伴侶動物の腸内細菌研究は急速に進んでいます。
では、今の研究ではどこまで分かっているのでしょうか。
犬や猫の腸内には、非常に多くの種類の細菌を中心とした微生物が存在します。
DNA解析技術の進歩によって、以前よりはるかに詳しく腸内細菌の構成を調べられるようになりました。
ただし、大切なのは、
「健康な犬猫なら、この菌が○%あれば正解」
という単純なものではないことです。
腸内細菌の構成には個体差があり、食事、年齢、生活環境、薬など、さまざまな要因が関係します。
最近の研究で重要になっているのが、
何の菌がいるかだけではなく、そこで何が行われているか
という視点です。
腸内細菌は、食事由来の成分などを利用してさまざまな代謝産物をつくります。
そのため現在は、
腸内細菌の構成
+
腸内細菌が持つ機能
+
つくられる代謝産物
を組み合わせて腸内環境を理解しようとする研究が進んでいます。
腸内細菌に大きく関係するものの一つが食事です。
たんぱく質、脂質、炭水化物、食物繊維など、腸に届く栄養成分によって、腸内細菌の構成や代謝活動が変化する可能性があります。
さらに、
プレバイオティクス
プロバイオティクス
シンバイオティクス
など、腸内環境を意識した栄養学的アプローチも盛んに研究されています。
ただし、
「この成分を食べれば、必ずこの菌が増えて健康になる」
と単純に言えるものではありません。
食事と腸内細菌、そして犬猫の健康との関係については、まだ解明途中の部分も多く残っています。
下痢や慢性腸症など、消化器疾患の犬猫では、健康な犬猫と比べて腸内細菌の構成や機能に変化が認められることがあります。
このような腸内細菌叢の変化は、
ディスバイオーシス(dysbiosis)
と呼ばれます。
ただし、ここにはとても重要なポイントがあります。
腸内細菌が変わったから病気になったのか。
病気になった結果、腸内細菌が変わったのか。
この因果関係は、必ずしも簡単には分かりません。
「この菌が少ない=この病気」と単純に診断できるわけではないのです。
犬では、便中の特定の細菌群を測定し、腸内細菌叢の変化を数値化するDysbiosis Index(DI)という方法も開発されています。
これは犬の腸内細菌研究を臨床につなげていく一つの試みです。
一方で、
腸内細菌の検査だけで病気を診断できるわけではありません。
症状、経過、身体検査、血液検査、画像検査など、ほかの情報と合わせて評価する必要があります。
抗菌薬は必要なときには非常に重要な薬です。
一方で、抗菌薬が腸内細菌叢にも大きな変化を与えることが、DNA解析などによって詳しく調べられるようになってきました。
そのため現在では、犬猫の消化器疾患に対して抗菌薬をどのように適切に使用するかとともに、プロバイオティクスやプレバイオティクスなどを含む別のアプローチについても研究が進められています。
これは、
「抗菌薬は悪い」
という意味ではありません。
必要な治療には適切に使用しながら、不必要な使用を減らしていくことが重要だと考えられています。
犬と猫をまとめて「ペットの腸内細菌」と考えてしまいがちですが、両者は同じではありません。
大規模なメタゲノム研究では、犬・猫・人で共有される微生物がある一方、宿主に適応したと考えられる違いも見つかっています。
さらに、猫については犬より研究データが少ない領域もあります。
たとえば先ほどの大規模解析でも、
犬:2,272検体
猫:367検体
と、研究に利用できるデータ量にはかなり差がありました。
だからこそ、
犬で分かったことを、そのまま猫にも当てはめない
という視点が大切です。
研究が進んだとはいえ、犬猫の腸内細菌についてすべてが分かったわけではありません。
たとえば、
健康な腸内細菌叢の「正解」は何か?
個体差はどこまで正常なのか?
腸内細菌の変化は病気の原因なのか、結果なのか?
どのプロバイオティクスが、どの犬猫に適しているのか?
腸内細菌を変えることで、病気の経過まで変えられるのか?
こうした問いには、まだ十分な答えが出ていないものがあります。
さらに、研究ごとに採便方法、DNA抽出、解析方法などが異なることも、結果を単純比較しにくい理由の一つです。
犬猫の腸内細菌研究は、
「この菌が善玉菌、この菌が悪玉菌」
という単純な世界から、大きく進んできました。
今は、
どんな微生物がいるのか
↓
どんな働きをしているのか
↓
食事や薬でどう変わるのか
↓
犬猫の健康や病気とどう関係するのか
という、より複雑な生態系として研究されています。
そして、新しい研究が発表されるたびに、これまでの考え方が更新される可能性があります。
だからこの「Discover」では、
分かったことだけでなく、
まだ分かっていないことも含めて、
犬猫の腸に関する新しい研究を紹介していきます。
犬猫の腸内細菌研究は、DNA解析などの発達によって大きく進歩しました。
腸内に「何がいるか」だけでなく、微生物の機能や代謝産物、食事・薬・病気との関係まで研究対象になっています。
一方で、個体差も大きく、「この菌が多ければ健康」「この菌が少なければ病気」と単純に判断できる段階ではありません。
分かってきたことと、まだ分からないことを分けて考える。
それが、犬猫の腸内細菌研究を正しく理解するうえで、とても大切です。
この記事は、犬猫の腸内細菌研究に関する以下の研究・レビューなどを参考に、飼い主さんにも分かりやすい表現でまとめています。
1.犬猫の腸内マイクロバイオームを大規模に解析した研究
Branck T, et al. Comprehensive profile of the companion animal gut microbiome integrating reference-based and reference-free methods. ISME Journal. 2024.
犬2,272検体・猫367検体、合計2,639の便由来メタゲノムを解析した大規模研究です。犬・猫・人に共通する微生物だけでなく、宿主ごとの違いや機能的な特徴についても解析されています。今回の記事の「犬猫の研究がどこまで進んでいるか」を示す代表的な研究として最適です。
2.犬猫の腸内マイクロバイオームの検査・解析についてのレビュー
Suchodolski JS. Analysis of the gut microbiome in dogs and cats. Veterinary Clinical Pathology. 2022.
DNA解析、ディスバイオーシス、犬のDysbiosis Indexなどを整理したレビューです。また、解析方法の標準化など、現在の腸内細菌検査の限界についても述べられています。
3.犬猫の腸内細菌とプロバイオティクス・プレバイオティクス等についてのレビュー
Wilson SM, Swanson KS. The influence of 'biotics' on the gut microbiome of dogs and cats. Veterinary Record. 2024.
プロバイオティクス、プレバイオティクス、シンバイオティクス、ポストバイオティクスと犬猫の腸内細菌との関係をまとめたレビューです。適切な種類の選択、作用機序、適量、安全性など、まだ研究が必要な点についても整理されています。
4.犬猫の消化器疾患・抗菌薬・プロバイオティクスと腸内細菌についてのレビュー
Schmid SM, Tolbert MK. Harnessing the microbiome: probiotics, antibiotics and their role in canine and feline gastrointestinal disease. Veterinary Record. 2024.
消化器疾患に伴うディスバイオーシス、抗菌薬による腸内細菌叢への影響、プロバイオティクスなどの可能性をまとめたレビューです。「腸内細菌の変化=単純に一つの治療で解決する」という話ではないことも理解しやすい文献です。